今、大河ドラマ『豊臣兄弟!』で注目を集めている「戦国のNo.2(補佐役)」。 兄・秀吉を支えた弟・秀長もすごいですが、東北にも彼に負けない、いやそれ以上に「愛と狂気」で主君を支え抜いた男がいました。
その名は、片倉小十郎景綱。 「独眼竜」伊達政宗の右目となり、暴れん坊の政宗を叱り、守り、育て上げた「伝説の保育士」です。
今回は、そんな片倉小十郎のヤバすぎる忠義エピソードや、彼が「最強の家臣」と呼ばれる理由を深掘りします。
片倉小十郎景綱とは?伊達政宗の「右目」と呼ばれた男

片倉小十郎は、伊達政宗に仕えた仙台藩の重臣です。 単なる部下ではなく、幼少期から政宗の教育係(守役)を務め、時には親のように、時には兄のように彼を支え続けました。
彼がいなければ、今の仙台の繁栄も、「独眼竜政宗」というヒーローも誕生していなかったと言われるほどの重要人物です。
片倉小十郎の最強すぎる逸話3選

ここからは、歴史ファンの間でも語り草となっている、小十郎の「最強エピソード」を3つ紹介します。
①右目を短刀でえぐった衝撃の過去
小十郎と政宗の絆は、ある血塗られた儀式から始まりました。
幼少期の政宗(梵天丸)は、天然痘により右目を失明。 その醜い容姿を気にして、部屋に引きこもる陰キャ少年でした。 そんな彼を救うために小十郎がとった行動、それは…
「私がその患部を断ち切って差し上げましょう」
なんと、短刀で政宗の飛び出た眼球をえぐり取ったのです。(※諸説あり) 物理的にコンプレックスを取り除くという荒療治ですが、これにより政宗は覚醒。「独眼竜」として天下を目指すことになります。
まさに、小十郎が一生「政宗の右目」になると誓った瞬間でした。
②秀吉の5万石オファーを拒否した忠義
政宗といえば「小田原参陣」での遅刻が有名ですが、この時も小十郎のファインプレーが光りました。 渋る政宗に対し、「夏のハエは叩いてもキリがない(秀吉軍には勝てない)」と説得し、なんとか秀吉に臣従させます。
しかし、そこで秀吉という怪物が小十郎の才能に気づいてしまいました。
「お前、伊達家を辞めて俺の直臣になれ。5万石やるぞ」
当時の小十郎は数千石程度の家臣。いきなり大名になれる破格のオファーです。 しかも相手は天下人・秀吉。断れば殺されるかもしれない状況。 それでも小十郎はこう言い放ちました。
「私は政宗様にお仕えすると決めております」
目先の出世よりも主君への忠義を選ぶ。 このブレない姿勢には、人たらしの秀吉もぐうの音も出なかったようです。
③人取橋の戦いで影武者となり政宗を救う

小十郎の忠義が極まったのが、伊達家最大のピンチ「人取橋の戦い」です。 敵は3万、味方は7千。政宗絶体絶命のその時、小十郎はとんでもない行動に出ます。
「我こそは伊達政宗なり!!」

自ら影武者となって敵陣に突っ込み、敵を引きつけている間に本物の政宗を逃したのです。 一歩間違えば即死の作戦ですが、彼は迷いませんでした。
「自分が死んでも、政宗様が生きていれば伊達家は続く」 という究極の自己犠牲です。
片倉小十郎と豊臣秀長の共通点
大河ドラマの主役・豊臣秀長と、この片倉小十郎には「最強の補佐役」という共通点があります。
暴走する兄・主君を止める「ブレーキ役」
- 豊臣秀長:派手好きで暴走する兄・秀吉を裏で調整し、家臣団をまとめた。
- 片倉小十郎:血気盛んで無茶をする主君・政宗を諌め、最悪の事態(改易や死)を防いだ。
二人とも、トップが輝くために泥をかぶり、嫌われ役も厭わなかった「真の忠臣」と言えるでしょう。
まとめ:片倉小十郎は歴史を変えた最強のNo.2
いかがでしたか? 暴走する天才・政宗と、それを命がけで支える常識人・小十郎。 彼らは単なる主従を超えた、まさに「魂のパートナー」でした。
もし小十郎がいなかったら、政宗はただの地方の暴れん坊で終わっていたかもしれません。
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